4.5.15 エリー・ヴィーゼル

R:次の節では信用できる証言を紹介したいと思いますが、これまで検討してきた信用できない証言のしめくくりとして最後の証人の証言を取り上げます。ヴィーゼルは、殺人ガス室がアウシュヴィッツに実在したとは述べていませんので、仲間のユダヤ人が絶滅されていくことについて別の方法を考えなくてはなりませんでした。

 

L:しかし、彼は、焼却棟の煙突から炎が噴出していたと述べているのですね。

R:補足してくださってありがとうございます。ヴィーゼルは、アウシュヴィッツの犠牲者を生きたまま巨大な焼却壕に投げ込むという方法を考え付いています[1]

 

「私たちのいるところからほど遠くないところで、壕から巨大な炎が立ち上っていた。何かがそこで燃やされていたのである。トラックが壕のところで止まり、その積荷の子供たちを降ろした。赤ん坊だった。自分の目で見た。子供たちが炎の中にいるのを。(そのあと私は眠ることができなかったとしても驚くことではない。眠りは私の目から逃げ去っていた。)私たちが向かっているのはここであった。もう少し離れたところには、大人用のも大きな別の壕があった。『お父さん、そんなことになるのなら、ここにとどまっていたくない。電流鉄条網のところに走って行きたい。炎の中で苦しみながら、ゆっくりと死ぬよりはましです。』」

 

 フランス語のオリジナルには、「炎の中で何時間も悶える」とありますが[2]、英訳ではこのような誇張は削除されています。もっとも、「炎の中で何時間も悶える」ことなどありえなかったはずですが。

 

L:「炎の中で何時間も悶える」ことがあるうるかのように書いてありますね。

R:もちろん、誇張なのです。

 

L:このような虐殺行為の目撃証人となってしまうのに、どうしてSSはヴィーゼルが収容所を自由に歩き回ることを許していたのでしょうか?

R:ヴィーゼルは炎のないところに、炎を見たのです。さらに2例を引用しておきます[3]

 

「炎が高い煙突から暗い空に向かって噴き出していた。向こうにこの煙突が見えますか?これらの炎が見えますか?」

 

 ともあれ、ヴィーゼルの命は奇妙な出来事によって救われます[4]

 

私たちの列は、覆いまでわずか15歩であった。私は、父に私の歯ががちがちなっているのを聞かせないようにするために、唇をかみしめた。あと、10歩であった。8歩。7歩。私たちは、葬式の棺のあとを追うように、ゆっくりと進んだ。あと4歩であった。3歩。私たちの目の前には、壕とがあった。列からはなれて鉄条網に身を投げかけるために、残っている力をかき集めた。心の奥底で、父親と世界に別れを告げた。意に反して、言葉が私の口から出た。『神の名が祝福され讃えられんことを』。…私の胸は張り裂けそうであった。その時がやってきた。死の天使と向き合うことになった。…しかし、壕から2歩のところで私たちは左に向かうように命じられ、宿舎の方に進んだ。」

 

L:本当のことなのでしょうか?

R:彼以外のすべての証人のアウシュヴィッツについての証言と矛盾しています。別な文脈で、エリー・ヴィーゼルは、自分の作品がどのようなものであるのかについて、ヒントを与えてくれています。

 

「『あなたは何をお書きなのですか?』とその教師は尋ねた。『物語です』と答えると、どのような物語なのか、実話なのかを知りたがった。『ご自分の知っている人々についての話ですか?』 『そうです、私の知っている人々についての話です。』 『起こったことについての話ですか?』 『そうです、起こったこと、もしくは起こったにちがいないことについての話です。』 『でも、起こらなかったこともあるのですね?』 『はい、すべてが起こったことであるわけではありません。事実、最初から最後まで作り話であるものもあります。』 その教師は私に寄り添うかのように身体を前に傾け、怒っているというよりも悲しんでいるような様子で『ということは、嘘をお書きになっているのですね』と述べた。すぐには答えなかった。私の中の叱責された子供には、弁明の手段がなかった。しかし、私はみずからを正当化しなくてはならなかった。『先生、物事はそんなに単純ではありません。起こったけれども真実ではないこともあり、起こらなかったけれども真実であることもあるのです。』」

 

L:でも、ヴィーゼルがアウシュヴィッツについての自分の回想録ことを言っているのかどうか、定かではありません。

R:そのとおりですが、アウシュヴィッツについての彼の話が真実ではないこと、起こったことでもないことは定かです。ですから、ここで、彼はそのことを弁明しているのだと思います。でも、少しお待ちください。ヴィーゼルにとって驚くべきフィナーレがもうすぐやってきます。

 

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[1] E. Wiesel, Night, op. cit. (note 1107), p. 30.

[2] Op. cit, (note 1108), pp. 58f.

[3] E. Wiesel, op. cit. (note 1107), pp. 25, 28.

[4] Ibid., p. 31.