4.2 偽証の千の理由

4.2.1 噂、誤解、伝聞

Q:噂を耳にしたことがありますか?

A:いつもです。

R(ルドルフ):この会話は、アウシュヴィッツの囚人アーノルド・フリードマンが収容所での体験を尋問されたときの内容から引用したものです[1]アウシュヴィッツが噂の製造工場だったことがわかります。前にも引用したノルテ教授博士は、歴史家が知っておかなくてはならない事実についてこう述べています。

 

「さらに、悲惨な状況におかれた群衆というものは、理解できないような事件に直面すると、多くの噂をばら撒いてきたし、今もばら撒いていることを[歴史家は]知っているからである。」

 

 ノルテがここで述べていること、そしてフリードマンが確証していることは、人間というものは、それまで普通に手に入れることのできた情報源を奪われてしまうと、ごく少ない事実にもとづいて、身の回りで進行していることについて全体像を作り上げてしまいがちだということです。ドイツの強制収容所もこの点で例外ではありませんでした。ここには、全世界から囚人が、すなわち、多くの異なった文化をもつ人々が収容されていました。大半はドイツ語をほとんど、ひいてはまったく理解できませんでした。自分たちがどこにいるのかも知らず、ドイツの民間の習慣・軍隊の習慣にもなじんでいませんでした。多くの囚人が噂や伝聞情報を事実として受けとったのも無理はありません。そして、あとでお話しますように、噂が広まりやすい環境を利用したのが、連合国の宣伝をばら撒こうとしていたさまざまな地下活動グループです

 噂というものは、敵に対する不信感と結びついた不安感から生まれてくるものですが、その古典的な事例として、『死の工場』から短い文章を引用しておきましょう。その中で、この本の著者は、アウシュヴィッツ・ビルケナウの囚人用に建設されたサウナのことをこう述べています[2]

 

「専門的な知識がなくても、ナチの医師たちが強制収容所の中で人道に対する犯罪をたえず犯していたことにすぐ気がつくはずです。私たちは、1943年初頭にビルケナウにいたSS将校医師のことを忘れることができません。彼の小さな趣味の家は『フィンランド式サウナ』でした。

 ビルケナウにあるこの浴室は、ドアによってたがいに気密状態にすることができる、二つの隔てられた部屋から成っていました。囚人たちは廊下で服を脱ぎ、衣服と下着を害虫駆除に回さなくてはなりませんでした。

 最初の部屋には大きな煉瓦の炉があり、その中には、入浴の開始数時間前から、白熱した石が置かれていました。炉の反対側の壁に接して、天井まで届くような棚をつけた、ひどくみすぼらしいベンチが置かれていました。

 裸の囚人たちは、できるかぎり密着して、これらのベンチに座らなくてはなりませんでした。健康な囚人も、その多くが皮膚病にかかっていた病気の囚人と肌を接して座らなくてはなりませんでした。

 そのあとで、白熱した石に水がかけられました。囚人たちの衰弱した身体は、この熱のために、ひどく汗ばみはじめました。あとから来たために一番高いベンチに座らなくてはならなかった囚人たちがもっとも汗ばみました。

 汚れ、化膿した箇所からの膿と交じり合った汗が滝のように流れていました。数名が意識を失いそうになったとき、二番目の部屋に向かう気密ドアが開けられ、裸の囚人たちは、カポーの罵声と棍棒をあびながら、氷のように冷たいシャワーの下を追い立てられました。」

 

L:サウナが拷問室のように描かれているのですね。

R:そのとおりです。サウナがドイツに設置されたのは戦時中のことですが、それは、検疫システムを強化するためでした。アウシュヴィッツでもそうなのですが、囚人の健康のためです。サウナを見たことのない人、ドイツ人についての悪口ならば何でも信じてしまう人にとっては、この贅沢な施設は、拷問の道具としてうつってしまったのです。トレブリンカ収容所ではスチーム殺人説が登場することになりますが、サウナを凶器とみなすのは、このような噂と関連しているのです

 ヘンリー・へラー博士なる人物の証言も、噂の製造工場からの話の類です。へラーは、自分がかつての仲間のドイツ人によってアウシュヴィッツから「救われた」と述べています。この仲間は、へラーがガス室に引き入れられようとするときに、へラーのことに気がつき、「情けをかけて、ガスのかわりに水を出した」というのです[3]。もちろん、この話はまったく馬鹿げています。もっとも教条的なホロコースト信者でさえも、シャワーヘッドから水を出すかガスを出すか選択できるような殺人ガス室が存在していたとは考えていないからです。へラー博士が連れてこられたのはシャワー室であり、彼はそれをガス室と思い込んでしまったのです。ガス室はシャワー室に偽装されており、シャワーヘッドからは水のかわりにガスが出てくるという話しを、噂やメディアの宣伝から耳にしたことがあったからです

 ホロコーストに関する目撃証言の多くが、伝聞、すなわち人から聞いたことにもとづいています。このことは、フランクフルトでのアウシュヴィッツ裁判の予備審問尋問記録を調べればすぐにわかります。この記録は、伝聞証言、すなわち、自分の経験にもとづいた話ではなく、他人から聞いた話、「収容所でのおしゃべり」――目撃証言の中に頻繁に登場する表現――にもとづく話で一杯です[4]

 私自身も参加したのですが、伝聞のメカニズムについての実験のことをお話したいと思います。二つの実験テーマがそれぞれ絵にかかれています。一つには、数枚の草の葉に取り囲まれ、「R.I.P」という3文字が刻まれた墓石が描かれています。もう一つには、二本の椰子の木、太陽の輝く海の上のヨットのある海岸が描かれています。そして、この絵を見た人物は、絵の中身を次の人物に伝えていきます。この作業が5回繰り返されました。そのあとで、最後の人物が耳にしたことを絵に描いたのです。結果は、海岸の光景はかなり正確に描かれていましたが、墓石の光景は、暗い空の暗い森に取り囲まれた、広い草地に成っていきました。これは何を意味しているのでしょうか?

 

L:月並みな事柄は正確に記述される必要はないということです。私たちの頭の中にすでにインプットされていますから。

R:月並みな政治的事柄、歴史的事柄についても同じことが言えます。私たちの頭の中にインプットされていることは、それを正確に描くために、正確に記述される必要はないということです。一方、私たちの頭の中にインプットされている月並みな事柄にマッチしていない事柄や事件を記述することは難しいということです。「口移しの情報」――伝聞情報がまさにこれに当たります――が、うまくいくのは、それがうまく伝わる道を伝わるときだけなのです。ここでの話に関連させれば、ホロコーストに関する月並みな事柄は、ありとあらゆる情報チャンネルを通じて、何十年もばら撒かれていますので、今となっては、どのような「目撃者」であっても、たんに噂にすぎないものであったとしても、月並みな事柄を繰り返すことができるだけだということです

 

目次へ

前節へ

次節へ



[1] Queen versus Zundel, op. cit. (note 64), p. 379.

[2] Ota Kraus, Erich Kulka, Die Todesfabrik, Kongress-Verlag, Berlin 1958, pp. 47f.; cf. Werner Rademacher, “Sauna a ‘Crime’?,” TR 2(4) (2004), pp. 371-373.

[3] Chicago Tribune, May 4, 1975.

[4] Cf. G. Rudolf, “From the Records of the Frankfurt Auschwitz Trial” on-going series, TR 1(1) (2003), and later editions. A separate publication is planned on the Frankfurt Auschwitz-Trial.