3.5.4 跡形もない死体焼却

R(ルドルフ):トレブリンカでは殺された犠牲者の死体は跡形もなく焼却されたという説があります[1]

 ホロコースト正史によると、トレブリンカで殺された犠牲者の大半は、焼却される前には大量埋葬地に埋められていました。だとすると、この大量埋葬地はどのような特徴をもっているのかという問題が生じます。

 ジョン・ボールは、1943年7月の米英軍の絨毯爆撃を受けたハンブルクの大量埋葬地、1940年にソ連がポーランド軍将校を大量殺戮したカチン、1945年春のチフスの流行による大量死が生じたベルゲン・ベルゼンを調査して、1㎥につき最大6体という結論を出しています[2]。この計算にもとづくと、トレブリンカの大量埋葬地は次のようになります(表14)。

 

14:トレブリンカの大量埋葬地の特徴

収容所の大きさ[3]

14500u

死体数

860000

必要スペース

145000㎥

埋葬地の大きさ[4]

長さ120m×幅15m×深さ6m

埋葬地ごとの容積[5]

8300㎥

埋葬地ごとの死体

50000

埋葬地の数

17

表面積の合計

30600u

バックダーツ[6]

160000㎥

一つの土の円錐の大きさ

45度[7]:106m、53m、8800u

30度 :154m、44m、18600u

埋葬地の横の土の盛り上がり

45度:120m×16.6m×8.3m、17×2000u(34000u)

30度:120m×21.8m×6.3m、17×2600u(44200u)

作業スペース

各埋葬地の周囲2m

必要スペースの合計

30600+34000+10000u=>74600u

 

 ガス室と埋葬地があったといわれている区画についての報告のよるスペースよりも5倍の広さのスペースが必要であったことがわかります。そして、埋葬地とそこから掘り出した土は、収容所全体の半分を覆ってしまったにちがいありません

 

L:目撃証人が間違ったのですね。

R:870000体の死体が埋められているとすれば、それを焼却するには、非常に巨大な戸外焼却格子が必要であったことでしょう。

 

L:トレブリンカにはアウシュヴィッツのような焼却棟はなかったのですか?

R:ありませんでした。戦後にトレブリンカを調査したポーランドの調査判事ジスワフ・ウカシキエヴィチはこう述べています[8]

 

「トレブリンカには炉室を持つ焼却棟は存在せず、原始的な焼却格子しかなかった。」

 

L:しかし、トレブリンカが純粋「絶滅収容所」であるとしたならば、例えば、アウシュヴィッツよりも、焼却棟の建設が重要ではなかったのですか?

R:論理的にはそうです。強制収容所・労働収容所として使われたとされるダッハウ、ザクセンハウゼン、ブッヘンヴァルト、マウトハウゼン、フリュッセンベルク、ノイエンガムメ、グロースローゼン、ニーダーハーゲン、ルブリン=マイダネク、アウシュヴィッツ・ビルケナウといった重要な収容所には、いくつかの焼却棟がありました。ロシアにあった単純な捕虜通過収容所にさえ、焼却棟が設置されているのです[9]。SSが焼却炉を購入したとき、炉が必要かどうか、すべての収容所に問い合わせました[10]。しかし、トレブリンカも、ベウゼックも、ソビボルもこのような炉が必要であるとは回答していません[11]

 

15:トレブリンカの焼却薪の山の特徴

死体の数

870000

合計重量[12]

391500000kg

容積

39150㎥

焼却期間

1943年4月-7月、122日

1日あたりの死体

7250

焼却格子[13]の大きさ

30 m × 3 m (90 m2), 0.75 m地上

格子の数

2

格子ごとの1日の死体

3625=163125s

積み上げ[14]に必要な時間

1日(おそらくかなりそれを上回る)

1層の1uの死体

1と1/3

層ごとの死体

120

層ごとの高さ

0.30m

層の数

30

薪の山の高さ[15]

9m

1sの肉の焼却に必要な木材

3.5kg

格子ごと(1日)に必要な木材

570937.5kg

木材に必要なスペース[16]

1679㎥

格子の下のスペース

67.5㎥=木材22950kg

各層のあいだの木材

570937.5-22950)/29=18896=0.60m

死体と木材の高さ

26.4m(何と9階建てのビル)

必要な木材の量の合計

137025000kg

木材の灰[17]の合計

10962000kg、32241㎥

人間の灰[18]の合計

1957500kg、3915㎥

超過容積[19]

51156㎥

収容所での灰の層の高さ[20]

3.5m

 

 目撃証言による、伝説の焼却格子の特徴をリストアップしておきます。証言は千差万別なので、表15の数値はおおよその見積もりにすぎません。しかし、トレブリンカで起ったとされていることの全体像をつかむことはできます。

 死体の層のあいだの木材がなければ、各薪の山の高さは9mで、死体の層と木材の層を合わせると、高さ26.4mとなります。連続して焼却するには、薪の山ごとに700トンが必要となります

 

L:数本のレールの上に700トンですか。燃えている木材はすぐに崩落してしまうでしょう。

L:薪の山に点火する前に、レール自体が崩落してしまっているでしょう。さらに、死体を積み上げるには巨大なクレーンが必要です。クレーンはあったのですか?

R:トレブリンカには、この種の作業を行なう掘削機があったという話です。トレブリンカの掘削機の写真さえも残っていますが[21]、砂利壕などで見かけるようなごく普通の掘削機です。

 

L:ということは9mましてや26mにも達しないですね。

R:そのとおりです。4mぐらいでしょう。この絶滅収容所の近くに、もう一つの収容所、すなわち労働者たちが壕から砂利をとる懲罰労働収容所があったことを忘れてはなりません。掘削機の写真のでどこはここでしょう。

 

L:クレーンがあったとしても、薪の山が崩壊してしまうことをどのように防いだのでしょう。この山は、幅3m、高さ9m、ひいては26mにもなっているのですが。どうすることもできないでしょう。

R:うまくこのような山を作ったとしても、火をつけると、山の崩壊は時間の問題でしょう。均等には燃えないからです。ですから、現実的に考えると、幅よりも高い山を作ることはできないのです。

 

L:薪の山を燃やし尽くし、灰を取り除くのが1日でできたとは信じられないのですが

R:そのとおりです。アウシュヴィッツでの戸外焼却についての話の中で触れたことがありますが、家畜を大規模に焼却し、残り火も亡くなるには、少なくとも1週間かかります。もしも、焼却期間を7日間に延長しても、薪の山の数を2つのままにしておけば、1日ですむはずの量を7日間かけることになるので、薪の山の高さは7倍となりますが、これはまったく馬鹿げています。あるいは、薪の山の数を14に増やすこともできますが、それは、目撃証言ならびに利用可能なスペースと矛盾してしまいます。

 さらに、とくに興味深いのは、いわれているところの薪の山を維持するのに必要な燃料の件です。SSは燃料無しで死体を焼却する方法を開発したと証言している証人も何人かいますが、もちろんナンセンスです。次の講義では、そのうちのいくつかを引用するつもりです。もしも、そのような証言が事実であれば、死者を薪の山の上で焼くインドが直面している問題の一つが解決されるでしょう。過去数十年間で、このような死体処理のために、インドの山林は丸裸になってしまったのですから。

 

L:しかし、死体は自然に発火し、燃料がなくても、燃えつきるという話を聞いたことがあります。

R:「人間の自然燃焼」といわれている現象ですね。この現象が解明されたのは最近のことです。これは自然燃焼ではなく、脂肪率の高い死体の近くで小さな火が燃えるという偶然の現象なのです。死体の上に蝋燭の芯のようなもの、例えば木綿の布があると、脂肪の豊かな胴体が蝋燭のようにゆっくりと燃えることがあります。でも、これには何時間もかかりますし、燃えるのは胴体であって、脂肪の少ない手足ではありません。もちろん、頭部も燃えません[22]

 

L:でも、燃料無しでも燃えるのですね。

R:すみやかにでも、完全にでもありません。脂肪の少ない死体は燃えません。この方法は、数時間で数千の死体を処理するという方法には適していません。大量の死体の急速な焼却には、予想以上の燃料が必要でしょう。140000トンほどという数字をあげておきます。目撃証言によると、伐採労務班が木材を供給したことになっています。

 122日間毎日働き、1日あたり1148トンの木材を伐採し、それを切断して収容所に運ばなくてはならなかったわけです。少なくとも、1日760本であり、その輸送には15トントラック76台が必要です。リヒャルト・グラツァールは、このような伐採労務班員であったと証言しています。彼の証言によると、トレブリンカには25名の労務班が作業していました[23]

 

L:1日一人あたり30本の木、12時間労働として、1時間2本の木を、伐採し、枝を落とし、幹を輸送可能な長さに切り、それから、収容所に運んだことになります。こんなことは不可能です。二人がかりで、やっと1日1本の木を処理できるでしょう。数百名の伐採労務班員が働かなくてはならないのです

R:そして、約280ヘクタール(2.8ku、1平方マイルよりも少し広い)の森が伐採されることになります[24]。トレブリンカの航空写真にはそのような痕跡はまったく写っていません[25]。そして、このような焼却が作り出したはずの大きな灰の山も写っていません。もしも、絶滅が行なわれたとされる収容所の中に均等に灰をばら撒いたとすると、収容所全体が灰の蓄積によって4メートルも高くなってしまいます。

 そして、このような焼却で、すべての死体が灰となってしまったと考えることも出来ません。大量の骨片、黒焦げの死体の一部、木材や木炭の残りが、散らばっていることでしょう。数え切れないほどの数のはずです。

 

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[1] I am summarizing here sections IV.9-12 of C. Mattogno, J. Graf, op. cit. (note 198), p. 137-154; see also A. Neumaier’s calculations, op. cit. (note 209).

[2] J.C. Ball, op. cit. (note 304), p. 270.

[3] 「収容所U」、絶滅が行なわれたといわれているトレブリンカU区画(ガス室、焼却壕)。収容所全体の面積は141500u。

[4] Elias Rosenberg, Tatsachenbericht. Das Todeslager Treblinka, Vienna, Dec. 24, 1947, p. 5 of the report. This document was reproduced by H. P. Rullmann, op. cit. (note 196), pp. 133-144.

[5] 50cmの覆い層を引く。マットーニョは、トレブリンカの泥の豊かな砂では、壕の壁を垂直にすることは技術的に不可能であると考えている。それゆえ、壁の角度を70℃とする。その結果、幅と長さで3メートルほど、深さが6メートルであるので、容積は1600㎥ほど失うことになる。

[6] 10% increase in volume of the loosened soil.

[7] 積み上げられた土の角度

[8] USSR-344, GARF, 7445-2-126, p. 321 (p. 5 of the report).

[9] Letter from Hauptamt Haushalt und Bauten to the firm Topf, December 4, 1941, RGVA, 502-1-328, p.347f.

[10] WAPL, Zentralbauleitung, 268, p. 132.

[11] See for details C Mattogno, J Graf, op. cit. (note 198), pp. 143-145.

[12] See for details C Mattogno, J Graf, op. cit. (note 198), pp. 143-145.

[13] 5-6の平行レールで構成されている、デュッセルドルフでのトレブリンカ裁判判決より。A. Ruckerl, op. cit. (note 630), p. 205. その他の目撃証人は、これとは別のデータをあげているが、例えば、格子の幅が30mであるといった技術的にありえないようなものである。op. cit. (198), p. 174. このような幅の焼却格子を両端だけで支えていたというのである。

[14] すなわち、死体を積み上げて木に火をつけること、点火、完全焼却、残余物の冷却、灰と燃えていない残序物の除去

[15] 目撃証言によると、もっと高かった

[16] 積み上げられた木材の密度は、1㎥あたり340-450kgである。ぎっしり詰め込まれた木材はよく燃えないので、ここでは前者の数値を採用する。

[17] 8% of the wood, 0.34 g/cm3.

[18] 5% of the body, 0.5 g/cm3.

[19] Ash (32,241 m3 + 3,915 m3) + excess of loosened soil from the mass graves (15,000 m3).

[20]  51,156 m3 on 14,500 m2 of the extermination area of the camp. 26% soil from the excavation excess.

[21] Y. Arad, op. cit. (note 198), p. 95; G. Sereny, Into that Darkness, Mc Graw-Hill, New York 1974, photo on unnumbered page; Ernst Klee, Willi Dresen, Volker Ries, Schone Zeiten. Der Judenmord aus der Sicht der Tater und Gaffer, Fischer Verlag, Frankfurt/M. 1988, p. 222; R. Czarkowski, op. cit. (note 625), photo on unnumbered page.

[22] Cf. see episode “Spontaneous Human Combustion” of the U.S. popular science TV station Discovery Channel on Nov. 3, 2004, 20:00 eastern standard time (http://media.science.discovery.com/video/skepticalinquirer/skepticalinquirer.html).

[23] R. Glazar, Trap with a green fence, Northwestern University Press, Evanston, IL, 1995, pp. 56, 127f.

[24] 樹齢50年のエゾマツの森は、1ヘクタールにつき500トンの木材を産出する。G. Colombo, Manuale dell’ingegniere civile e industriale, Enrico Hoepli Editore, Mailand 1926, p. 161.

[25] J.C. Ball, op. cit. (note 457); U. Walendy, “Der Fall Treblinka,” HT no. 44, Verlag fur Volkstum und Zeitgeschichtsforschung, Vlotho 1990, p. 33.