3.2 証拠の形式とヒエラルヒー

R(ルドルフ):ここで、皆さんに、何をホロコーストのもっとも決定的な証拠とみなしているのかお尋ねしたいと思います。

 

L(聴衆):アウシュヴィッツ生存者による胸の張り裂けるような証言です。ふるさとの町でその講演を聴いたことがあります。

LSS犯罪者の自白です。彼らが事件を誇張していたとしても、責めるべきではありません。

L:もっとも印象的なのは、終戦時に強制収容所で発見・撮影された死体の山の光景です。

L:アウシュヴィッツのガス室を見学したことです。

 

R:わかりました。議論に道筋を立てて進めましょう。最初の二つの証拠は、当事者証人の証言というカテゴリーに属します。

 

L:「当事者証人」とは何ですか?

R:当事者証人とは、問題の事件に個人的な関与した人物です。ですから、公平な観察者ではありません。民事裁判では、訴訟を起こした側もしくは訴訟を起こされた側のメンバーであり、刑事裁判では、被害者か加害者です。三番目の証拠は文書資料であり、四番目の証拠は、物的な証拠を実際に目撃したことです。

 整理しますと、証拠は次のように分類されます。

1.       当事者証言

2.       目撃証言

3.       文書資料的証拠

4.       観察

5.       専門家による解釈を必要とする物的証拠

 

L:「物的証拠」とは何ですか?

R:事件の実体的・具体的痕跡です。多くの場合、専門的な知識による解釈が必要です。

 具体例をあげましょう。ある人物が赤信号を無視して歩行者とぶつかったと告発されたのですが、その時間には飛行機に乗っていたと弁明していたとします。次のような証拠が裁判所に提出されるでしょう。

1.       飛行機に乗っていたという被告の主張(当事者証言)

2.       被告にぶつけられたという歩行者の証言(当事者証言)

3.       被告の知人ではないが、機中で被告を目撃したと述べる乗客の証言(目撃証言)

4.       横道のほうから、被告がハンドルを握っているときに、被告の車が赤信号を無視した情景を目撃したと述べる、事件とは関係のない自動車の運転手の証言(目撃証言)

5.       被告の名前も含む乗客リスト(文書資料的証拠)

6.       監視カメラによる被告の自動車が写っている交差点写真(文書資料的証拠)

7.       機中にいたと主張している被告の座っていた飛行機の座席の枕の検証報告。枕には、乗客の髪の毛と皮膚の痕跡が残っており、分析すると被告のDNA「指紋」が手にはいった(専門家によって分析・解釈された物的証拠)。

 

 もし、あなたが判事であれば、どのような判決を下しますか?

 

L:すべての証拠がたがいに矛盾しています。

R:しかし、そのような事態は判事にとってはあたりまえのことです。また、歴史家や研究者にとってもあたりまえのことです。どのように判断していきますか?

 

L:その説得力に応じて、証拠をランク付けなくてはなりません。

R:もっと正確にいえば、法廷も科学と同じ原則にしたがっているのです。矛盾があれば、高いランクの証拠の方が低いランクの証拠に優先するのです。逆に言えば、低い説得力を持つ証拠は高い説得力を持つ証拠を反駁しえないということです。上記のリストでは、信憑性の低いものから高いものに証拠の形式を並べておきました[1]

 

L:それによると、当事者の証言は最低のランクですね。

R:そのとおりです。事件に関与しているか過去に関与したことのある人物は、意図的であるかどうかは別として、事件について偏見のある考え方を持ちがちだからです。嘘をつくこともあります。

 当事者証人の証言は、事件に直接に関与していない、したがって感情的ではない証人の証言よりも劣っているのです。文字通り、公平な傍観者の証言の方が優れているのです。次にヒエラルヒーの中に登場するのは、事件の最中に作り出され、それゆえ、データのかたちで事件の側面を保存している文書資料です。ここでは、人間的な要素の少ない文書資料の方が、人間が直接作り出した文書資料よりも優れています。自動的な装置による記載の方が、官僚が作成した記載よりも説得力を持っています。しかし、専門家証人が適切に解釈した物的証拠は、これらすべての証拠を上回ります。上記の例でいえば、被告の髪の毛や皮膚の細胞が飛行機の座席から発見されたという専門的な裁定は、それだけで、被告の無罪を確定することでしょう。

 

L:しかし、目撃証言や監視カメラの写真はどうでしょうか。

R:意図的であるかは別として、偽証が行なわれるのにはいくつかの理由があります。文書資料が間違って解釈されることもあります。車の所有者以外の人物が車を運転していたかもしれないからです。監視カメラが誤作動して、間違った時間や日付を記録したのかもしれません。告発している人物側のいかがわしい金持ちが、お金を出して、写真を捏造させたかもしれません。証人というものは、際限なく証拠を捏造できるものです。被告が事件の起った瞬間には飛行機の中にいたということだけが事実です。

 

L:被告が機中にいたのは、別の時間であったかもしれませんが。

R:そうかもしれませんが、それを裁定するのは専門家証人です。

 

L:車をぶつけられた人物が、別の専門家証人を雇って、反対の証言をさせたとすれば、どうなりますか?

R:この場合には、物的証拠の解釈をめぐる争いとなります。いずれにしても、目撃証言や文書資料は物的証拠を反駁することはできないのです。まして、事件の当事者の証言は反駁することはできません[2]

 

L:しかし、このような物的証拠を解釈する専門家証人も、たとえこの分野の専門家であったとしても、証人にすぎないではありませんか。

R:もちろんです。結局のところ、すべての証拠は人間の解釈に依存しているのです。しかし、普通の証人の証言の信憑性と公平な専門家証人の信憑性とには客観的な相違があります。この相違は非常に大きなものなので、裁判所が目撃証言のことを、直接証拠ではなく、状況証拠にすぎないとみなすことも多いのです[3]

 次講では、当事者証言と公平な証言について詳しく検討しましょう。ここでは、本質的で高いランキングの証拠、すなわち物的証拠と文書資料的証拠をまずあつかうことにします。

 

L:それで結構です。しかし、修正主義とホロコーストにどのように関連しているのですか?

Rホロコースト修正主義は証拠のヒエラルヒーを尊重して、同時代の物的証拠と文書資料的証拠の発見と適切な解釈に努めています。ホロコースト正史はそのようなことをしてきませんでした。ホロコースト正史では、専門家が解釈した物的証拠は1980年代末までたいした役割を演じず、文書資料的証拠も文脈から切り離されて、目撃証言を確証するためにだけ利用されてきました。ホロコースト正史派の研究者は依然として証拠のヒエラルヒーを尊重していませんが、少なくとも、証拠のヒエラルヒーに関心を向けざるをえなくなったのは、修正主義者の研究からたえず圧力を受けてきたためです。

 

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[1] Cf. E. Schneider, Beweis und Beweiswurdigung, 4th ed., F. Vahlen. Munich 1987, pp. 188, 304; even

though this is German expert literature, these standards are fairly universal.

[2] Cf. for this the already quoted statements of the court expert witness Walter Luftl, p. 186 of this book.

[3] R. Bender, S. Roder, A. Nack, Tatsachenfeststellung vor Gericht, 2 vols., Beck, Munich 1981, vol. 1, p. 173.