「ショアー[ホロコースト]の責任はドイツのアイデンティティの一部である」(ドイツ連邦共和国大統領ホルスト・ケーラー、アウシュヴィッツ解放60周年)[1]
「[ホロコーストについての]この記憶はわれわれ[ドイツ人]の民族的アイデンティティの一部である」(ドイツ共和国首相ゲルハルト・シュレーダー、アウシュヴィッツ解放60周年)[2]
「アウシュヴィッツは悪の権化の象徴である」(オーストリア大統領フランツ・フィッシャー、アウシュヴィッツ解放60周年)[3]
序論
今日、ショアー、いわゆるホロコーストにまだ関心を持っていらっしゃる人がいるでしょうか。もしいらっしゃるとすれば、この人は、一体どのような理由でこの不快なテーマに関心を抱き続けていらっしゃるのでしょうか。それとも、ホロコーストが不快なテーマではないと考えていらっしゃるのでしょうか。ホロコーストというテーマとは、比喩的にいえば、前の世紀の死体の山をくまなく捜す不愉快な作業で、私たちは今日、もっと緊急な諸問題に直面しているのですから、このテーマをこの辺で棚上げにしておいた方が良いという話をたびたび耳にします。このような考え方は十分理解できます。私の両親はたびたび引越しましたので、私はそのつど転校しました。ですから、ホロコーストについての歴史の授業を3回も受けています。授業のたびに、私の祖父の世代が作り上げたとされる死体の山の話を耳にするのは心地よいものではありませんでした。たとえこちらが無視しても、消え去っていかない題材、テーマというものがあります。ホロコーストがそうです。だから、ホロコーストというテーマはいつの日か姿を消すに違いないと期待するのは、まったく現実離れしていますし、まったく無駄なのです。
それゆえ、ホロコーストが西側社会でどのような意味をもっているかを理解しておくのは重要なのです[4]。ホロコーストというテーマは、無数の博物館、記念碑、メモリアルデイ、演説、書籍、雑誌、新聞記事、演説と会議、大学の講義、ドキュメンタリー映画・娯楽映画、刑法・刑事裁判・検閲に登場しています。このリストだけでは十分ではないほどです。ですから、私がホロコーストはすべての歴史テーマの中でもっとも重要であると主張しているのは、私が個人的にこのテーマが重要であるとみなしているからではなく、重要であるという判断が社会的に的確であると考えているからです。事実、西側社会の価値観を分析してみれば、ホロコーストが、われわれの道徳的価値システムのゼロ・ポイントすなわち最終的な悪となっていることがわかります。ワシントンの合衆国ホロコースト記念博物館前館長マイケル・ベレンバウムは、2000年に次のように述べていますが、その際、このことを念頭においていたのです[5]。
「若い人々は価値相対的な社会の中で絶対的な道徳価値観を探し求めています。そして、ホロコーストを価値相対的考え方から手を切る超越的な契機とみなし、絶対悪[=ナチズム]と対峙するホロコーストという絶対的な視点に立って、本質的な価値を発見しようとしているのです。」
だから、今回のホロコースト講義は、今日多くの人々が「絶対悪」の権化とみなしているものを扱うことになるのです。ホロコーストがこのような性格を持っていますので、このテーマは神学論争という色彩を帯びやすいのです。「悪」という概念を、神学的ではない視点、例えば、道徳哲学、進化的倫理学の視点から眺めることはできるかもしれませんが、絶対悪と定義することは、ファンダメンタリスト的であり、ドグマティックであり、学問的分析を超越してしまっているからなのです。
ホロコーストをさまざまな視点から眺めてみると、西側世界でのホロコーストの扱い方が、宗教的な次元にまで達していることがわかります。先にあげたリストがこれを証明しています。ホロコーストの歴史現場と博物館は、あらゆる種類の聖遺物(髪の毛、メガネ、スーツケース、靴、ガス密閉ドアなど)が展示されている巡礼地となっています。ホロコースト・メモリアルデイでの演説の内容は、宗教的な懺悔を思い起こさせるものとなっています。ここには、人差し指をあげて、ホロコーストやそれにまつわる事件ではどのように振る舞うべきかを私たちに諭す高僧たちがいます。この高僧たちは、実行犯、犠牲者、彼らの子孫、彼らの国、彼らの習慣、彼らの要望などをどのように扱うべきかを私たちに諭しています。この高僧たちは、私たちが善良な人間であると認知されたいのならば、どのように考えるべきか、どのように感じるべきか、どのように振る舞うべきか、どのようなことを覚えているべきか、そして、どのように生きるべきかを私たちに諭しているのです。
以下では、ホロコーストを道徳的に分類して、そこから生活態度や行動の規範を導き出すやり方が正しいか否かを議論しようとは考えていません。これは、最終的に個々人が判断しなくてはならない道徳的問題なのです。ホロコーストに疑問を呈し、的確な回答を探し求めるにあたって、ホロコーストを擬似宗教的・道徳的に分類するやり方からの脅迫に脅えたりはしません。あらゆる問題で意見の相違があるにもかかわらず、次の点、すなわち、疑問を呈することを禁止し、回答を求める誠実な姿勢をタブーとしたり、刑事訴追したりすることが、邪悪な行為の特徴の一つであるとみなす点で一致することができると期待しているからです。疑問を呈したり、回答を求めることを禁止することは、人間が人間たるゆえんを否定することです。差し迫った問題に疑問を呈し、的確な回答を探し求めることは、人間と動物を区別するきわめて重要な属性の一つだからです。
しかし、この邪悪な行為に関心を向ける前に、もう一つの問題を考察しておきましょう。私の楽しみの一つは、「西側社会で最大のタブーは何ですか」と、「普通の人々」にあけっぴろげに尋ねることです。普通の人々からは、同性愛、非合法移民、人種関係、セックスという答えがすぐに返ってきます。ここでもっと探りを入れてみるのです。「私の意味しているタブーとは、それを口にしたら異端思想の咎で告発されたり、刑事訴追の対象となってしまうので、誰も口にすることができないほど強力なタブーなのですが」、と。この場合には、平均的な市民は、誰にも見られていない、聞かれていないと身の安全を確信したうえで、はじめて答えてくれます。西ヨーロッパ諸国、とくにドイツ語圏諸国(ドイツ、オーストリア、スイス)では、このような振る舞いが際だっています。このような振る舞いは、今日の西側社会の状況について、どのようなことを示唆しているのでしょうか。公にはタブーの烙印を張ることができないタブーとは一体どのようなものなのでしょうか。
私自身が答えるかわりに、この問題を専門とする研究者の見解を引用しておきます。社会学博士ロベルト・ヘップ教授は、最近他界されたドイツ史家ヘルムート・ディヴァルト教授博士に捧げられた論文集の中で次のように述べています[6]。
「私は自分のゼミで時折実験を行なったが、その結果、『アウシュヴィッツ』[ホロコーストに関するもっとも有名なサイト]は、民俗学的に言えば、『タブーから解放されているはずの』われわれの社会が依然として抱えている少数のタブーの一つであると確信するようになった[7]。私のゼミの学生は、いわば『啓蒙精神で教育された』中央ヨーロッパの学生であり、いかなるタブーを受け入れることも拒絶していたが、ことアウシュヴィッツのガス室に関する『修正主義者[否定派]のテキスト』に出会うと、原始的なポリネシア部族がタブーの侵犯に対して反応するのと同じような『原始的な』反応(生理学的特徴も含む)を示すのである。学生たちは文字通り茫然自失してしまい、出されたテーマについてまじめに議論する姿勢もなく、議論することもできない。社会学者にとっては、社会のタブーとはその社会が何を神聖なものとしているのかを明らかにしているがゆえに、また、共同体が何を恐れているのかも明らかにしているがゆえに[8]、学生たちの反応はきわめて興味深いものであろう。想定されている恐怖に対する恐れが、抑圧的ノイローゼを思い起こさせるような顔のゆがみ、嫌悪の表情のかたちをとることもある。しかし、個々人を危険から護っている機能を果たしているタブーも数多く存在していることも否定できない。タブーが個々人の人格の一部となっている場合、ある人物の恐れが別の人物の権力に由来しているのか、それともその逆であるのかを確定するのは難しい。
このために、僧侶と支配者は自分の権力の維持のためにタブーを利用することをまったくためらってこなかった。自己の権力基盤を確保するためにタブーを利用することを放棄した社会など存在してこなかった。
ポリネシアの部族社会では、ヨーロッパの探検者たちが発見したように、タブーが行動と制裁を規制している。一方、ドイツ連邦共和国のような『近代社会』では、正式のルールが行動と制裁を規制している。しかし、われわれの[ドイツ]社会には、行動を規制する通常の『法的』命令と禁止以外に、自己規制とでもいえる命令と禁止が存在する。このような自己規制が働かない場合には、ポリネシアの部族社会と同じく、自動的な制裁措置が作動し、そのことを正当化する必要はないのである。
『近代』社会も『原始』社会も、タブーの侵犯に対する反応にはかわりがない。タブーの侵犯は、『恥知らずなこと』『嫌悪をもよおすこと』とみなされ、『憎悪感』と『嫌悪感』を同時に呼び起こす。最終的には、侵犯者は孤立状態となり、社会から排除され、その名前と記憶も『タブー扱い』となる。」
以上のように、ホロコーストというのはタブーとなっているテーマなのですから、本書を『タブーについての講義』と呼ぶこともできるかもしれません。タブーとなったホロコーストに関して、話したり、記事を書くことはできるにはできますが、許された範囲内のルールにしたがわなくてはならないのです。「間違った」質問をしたり、望ましからざる回答したりすることはタブーとなっているのです。
しかし、ホロコーストがタブーとなっているからといって、私自身は、このホロコーストの内実に疑問を呈することに躊躇するわけではありません。学術的研究調査とは、疑問を呈することで、それまでとは別の回答を引き出し、あるテーマについて多くの情報を提供することで、このテーマが神話となってしまうことを防ぐものなのです。学術的研究調査は、タブーを維持しようと考えている人々が、出された回答の「善」「悪」を裁定するのとはまったく別の営為です。学術的研究調査の最終目的は、出された回答の「善」「悪」の裁定ではなく、「真実」「虚偽」の裁定なのだからです。公開されている疑問に対して公に回答する、こうした営為では、「善」「悪」の裁定は学術的に不適格なのです。
この序論をまとめるにあたって、私たちがホロコーストというテーマを迂回できないことだけは指摘しておかなくてはなりません。好き嫌いにかかわらず、私たちは、毎日の食事としてホロコーストを提供されているからです。
また、私たちの好き嫌いにかかわらず、ホロコーストは特定の有力集団にとっては、道徳的基準を定める手段となっています。だからこそ、このテーマを批判的に研究する必要がありますし、本書の目的もそのような営みを助けることにあるのです。
以下の講義は、ドイツやその他の国々で私が行なってきた講演にもとづいています。この講演では、聴衆は疑問を呈し、異議を申し立て、反論を提起するように奨励されており、私の講演の多くはこうした聴衆との対話から構成されています。本書でもこの対話スタイルが維持されていますが、それは、疑問とそれに続く回答を正確・公平に伝えるためです。私の発言はR:、聴衆の発言はL:としてあります。
このようなスタイルはあまりポピュラーではないかもしれませんが、激しい情緒的緊張を引き起こしてしまうようなテーマには適切なのです。講師は、聴衆が自分たちの聞いていることを無批判的に受けいれるとの前提には立ちません。いくつかの資料が反論や情緒的抵抗を聴衆から呼び起こしてしまう場合には、とくにそのような前提には立ちません。ホロコーストという微妙なテーマを効果的に扱おうとすれば、聴衆からの疑問や反発に対して公平に回答する姿勢が必要となります。
私は本書の中でも、自分の講演の雰囲気とスタイルを維持しようとしましたが、講演がマルチメディアを使った点も本書では踏襲しようとしています。講演で上映されたスライドやフィルムも、写真というかたちで本書に掲載されており、それは、聴衆に何が提示されたのかを公平に明らかにするためなのです。
講演というスタイルを本書の中で再現することで、問題のテーマにもっと深く、もっと体系的に切り込むことができました。さらに、本書では脚注をつけることで、このテーマをさらに入念に考察することができるようになっています。したがって、本書の方が、講演よりも、さまざまなテーマを包括的にあつかっています。
このような微妙なテーマを講演すると、時には感情が高ぶり、私に対する感情的攻撃、反発が起きることもあります。本書の読者は、本書の路線と同じような調子で他人と議論すると、政治的・感情的攻撃を受けている人物と同じような境遇にいると感じることができます。このような政治的・感情的攻撃も本書の中で紹介することにしました。ただし、論争を数多くはさむことでテキストの展開を妨げてしまうことを避けるために、別個の章立てをして(1.8)、その中で集中的にあつかうことにしておきました。その方が読者にとっても、何らかの教育的な価値をもつからです。
本書を読むにあたって、本書はホロコースト研究への序論にすぎないことを念頭においてください。疑問の提示、それに伴う問題提起、ならびに、現在の研究水準の要約は少々詳しくあつかわれていますが、本書の目的はホロコーストの各テーマのついての専門的見解を紹介することではありません。それには数巻の著作が必要だからです。しかし、このテーマに関心を抱く読者は、脚注、書誌、および本書末尾の広告を参照してくださいい。ここに掲載されている著作に接することで、このテーマについてもっと深く知ることができるはずです。
12年ほど前、私はエルンスト・ガウスというペンネームを使って『現代史講義(Vorlesungen
uber Zeitgeschichte)』と題する講義のドイツ語初版を執筆しました。もともとの計画は、この初版の更新を続けていくことでしたが、新しい研究成果が登場し、私自身の知識も増えていったために、この計画を放棄しました。このために、本書の中でオリジナルな原本が占めているのは5%ほどにすぎず、その他の内容は新しく執筆されました。ドイツ語初版の講義「論点」は、本書の分量的制約――500頁ほど――のために、省かれています。別個の章立てをする代わりに、論点が登場したときには、そのつど本論の中であつかうことにしました。修正主義的所説に反駁しようとしている文献に関しては、私の友人=修正主義者と私は、3冊の本を書いていますが、その大半は本書の末尾で知ることができます[9]。
本書に紹介されている文献資料の検索を容易にするために、ネット上に公開されている文献のサイトのアドレスを脚注に記載している。ただし、サイトのアドレスというものは良く変わってしまうものですので、それが変っていないという保証はありません。この場合には、インターネットの検索エンジンが、求めている文献の所在を捜しだす手助けとなります。
ヨーロッパ諸国ではネットに対する検閲が強化されているために、アクセス困難になっているサイトがあります。特定のホームページがブロックされる場合には、例えば、www.anonymizer.comといった匿名化サイトの利用をおすすめします。このようなサイトを介せば、検閲に遭遇せずに、全世界のサイトにアクセスできます。
紙面の制約のために、The
Revisionist, Vierteljahreshefte fur freie
Geschichtsforschung, and The Journal of Historical Reviewからの論文のアドレスは本書には記載されていませんが、ネット上で利用可能となっています[10]。
ゲルマール・ルドルフ、シカゴ、2005年3月28日
[1] イスラエル議会での演説、German
TV news Tagesschau, Feb. 2, 2005, 20:00 hrs.
[2] German
weekly Welt am Sonntag, Jan. 30, 2005, p. 2.
[3] Press
Release of the President, Jan 26, 2005 (www.hofburg.at/show_content2.php?s2id=152)
[4] アメリカ社会の中でのホロコーストの重要性に関しては、とくにPeter Novick, The Holocaust in American Life, Boston, New
York 1999を参照。
[5] Quotation taken
from notes made by Dr. Robert H. Countess who attended the Stockholm International
Forum on the Holocaust, January 26-28, 2000, Workshop no. 6, “Holocaust and
Testimony in Education,” January 27, 2000, Room Ed 6,
16:30-18:00.
[6] Robert Hepp, “Die Kampagne
gegen Hellmut Diwald von 1978/79 – Zweiter Teil:
Richtigstellungen,” in: Rolf-Josef Eibicht (ed.), Hellmut
Diwald. Sein Vermachtnis fur Deutschland. Sein Mut zur Geschichte,
Hohenrain-Verlag,
[7] Cf.
Franz Steiner, Taboo, Cohen & West,
[8] Hutton Webster, Taboo.
A Sociological Study,
[9] Germar Rudolf,
Carlo Mattogno, Auschwitz-Lies, Theses & Dissertations Press,
Chicago 2005 (www.vho.org/GB/Books/al);
Germar Rudolf, Carlo Mattogno, Auschwitz: The Case Against Insanity,
Theses & Dissertations Press, Chicago 2005 (www.vho.org/GB/Books/atcai);
Germar Rudolf (ed.), Auschwitz: Plain Facts, Theses & Dissertations
Press, Chicago 2005 (www.vho.org/GB/Books/apf).
[10] The Revisionist:
www.vho.org/tr, Vierteljahreshefte fur
freie Geschichtsforschung: www.vho.org/VffG,
Journal of Historical Review: www.ihr.org/journal/jhrarticles.shtml
and www.vho.org/GB/Journals/JHR.