試訳:映画評「スターリングラード」

――歴史としてはD、娯楽作品としてはA――

S. L. スミス

歴史的修正主義研究会試訳

最終修正日:2006年5月9日

 

本試訳は当研究会が、研究目的で、Scott L. Smith, D for History, A for Entertainment, The Journal of Historical Review, volume 20 no. 2を「映画評『スターリングラード』」と題して試訳したものである。(文中のマークは当研究会が付したものである。また、テキスト本文に関係しているシーンも、研究目的の参考資料として当研究会が補足したものである。)

誤訳、意訳、脱落、主旨の取り違えなどもあると思われるので、かならず、原文を参照していただきたい。

online: http://www.ihr.org/jhr/v20/v20n2p45_Annaud.html

 

Enemy at the Gates(邦題スターリングラード)」、ジャンル:戦争映画。上映時間:131分。MPAA(アメリカ映画協会)格付け:R。出演:Jude Law, Joseph Fiennes, Ed Harris, Rachel Weisz, Ron Perlman, Gabriel Marshall-Thomson, Matthias Habich。監督:Jean-Jacques Annaud。プロデューサー:Jean-Jacques Annaud, John D. Schofield。パラマウント映画。グレード:B+

映画「スターリングラード」

 

 1998年に、スピルバーグのうんざりするような大作「プライベート・ライアン」が成功を収めたために、第二次世界大戦についての作品への関心が高まっている。この結果製作された最新作「スターリングラード」は、スターリングラードの激しい包囲戦に焦点を合わせた作品であるが、ドラマとしては長すぎ、歴史的正確さの面では欠点を抱えている。

 「アラビアのロレンス」ひいては「ドクトル・ジバゴ」といった歴史大作と比較すると、この映画は惨めな失敗作であるが、二人の優れた狙撃兵の決闘、ロシア人のあいだでのロマンティックな三角関係を緊張感をもって描いている。

狙撃兵ザイツェフ

ユダヤ系ソ連軍女性兵士ターニャ

ユダヤ系政治委員ダニーロフ

 

 狙撃技術をめぐる死を賭けたコンテストが、ソ連の実際の英雄にもとづく登場人物=数百名の敵兵を殺した狙撃兵ヴァシーリイ・ザイツェフ(Jude Law)と架空の登場人物=ドイツ軍狙撃専門家ケーニヒ少佐(Ed Harrisが好演している)とのあいだで繰り広げられる。その一方で、ザイツェフと彼の「調教師」ダニーロフ同志(Joseph Fiennes)――ユダヤ人人民委員で宣伝担当者――が、美しいユダヤ人女性兵士ターニャをめぐって競い合う。

ドイツ軍狙撃専門家ケーニヒ少佐

 

 この恋愛問題は、映画が抱えている歴史的・戦術的な非合理性の多くから、観客の関心をそらせることに貢献している。例えば、映画の中では、パウルス将軍(Matthias Habich)は、ソ連宣伝キャンペーンの偶像であるザイツェフ狙撃兵倒すケーニヒ少佐の能力にすべての希望を託している、すなわち、一発の狙いを定めた銃弾で決定的な勝利を収めることにすべての希望を託しているかのように描かれている。

ドイツ第6軍司令官パウルス大将

モーゼル狙撃銃を持つケーニヒ少佐

 

 ロン・パールマンは魅力的なクリコフを手際よく演じている。この老兵は、ドイツで訓練を受けたことのある狙撃兵であり、ザイツェフの師匠になっている。そして、ソ連の歯科技術を象徴するかのような歯(ソ連秘密警察によって折られた)を見せながら、ソ連の体制に「幻想を抱くな」とザイツェフに諭している。

ザイツェフの師匠であるが、ケーニヒ少佐の狙撃をうけることになる老兵クリコフ

 

しかし、メインテーマは、無慈悲なほど合理的なケーニヒ少佐と同志ザイツェフとの仮借のない決闘なのである。二つの目、すなわち、プロシアン・ブルーの目とロシアン・レッドの目が狙撃銃のテレスコープを通してのぞきあっているのである。

狙撃銃のテレスコープをのぞくケーニヒとザイツェフ

 

 しかし、実際の戦闘ではこのようなことは起こりえないであろう。狙撃兵は発砲すると、すぐに身を隠さなくてはならない。この映画では、主人公たちは素人探偵のように、麻布のカモフラージュをまとっただけで死の町を闊歩し、探りを入れあっている。見張り兵はどこにいるのか?ドイツの将軍は、殺されたばかりのロシア兵の死体から、手榴弾が届く距離のところでお風呂に入るものなのか?

近接戦闘地域で入浴し、ザイツェフに狙撃されてしまうドイツ国防軍の将軍

 

 ソ連兵がはしけに載ってヴォルガ川を渡ろうとするところを、ドイツ空軍が爆撃・機銃掃射をする場面を描いたシーンがある。これは「プライベート・ライアン」の冒頭シーンを真似したものであろうが、まるで実際にドイツ軍機関銃MG42の弾丸が飛来してくる中を上陸用舟艇に載りこんでいるような印象を抱かせる「プライベート・ライアン」のシーンとは似ても似つかないものとなっている。

ソ連軍上陸用はしけに対するストゥーカの空襲

 

ソ連側の人物についてのロンドンなまり風の配役――Bob Hoskinsが、パナマの独裁者ノリエガとテレビ・アニメに登場した邪悪なスパイ・ボリス・バダエフが交じり合ったようなフルシチョフを演じている――にもかかわらず、われわれは心の奥底では、これこそがロシア人だと思い込んでいるのである。赤軍は武器も持たせずにロシア人たちを戦場に投入して、突撃させている。彼らの後方には、機関銃部隊を率いる政治人民委員の督戦隊が控えている。これが戦争に勝つための伝説的なロシア式やり方であるが、最終的に包囲され、それでも戦い続けたのはドイツ軍であることを忘れてしまっている。

後方からソ連軍兵士を撃つソ連軍督戦隊

自軍の敗将に自決をせまるフルシチョフ

 

 実際にはありえないけれども強く引かれる話とはなっているザイツェフ・ターニャ・ダニーロフの三角関係は、諸般の事情から必要とされたハッピー・エンドでぎこちなく終わっている。ダニーロフ同志は、ヴァシーリイを、ターニャとの情事の件で収容所群島に送るかわりに、ケーニヒ少佐に身をさらし、殺されることで、ヴァシーリイにケーニヒ大佐の潜んでいる場所を教えてやる。

ケーニヒ少佐に姿をさらして狙撃されたダニーロフ

 

ターニャの台詞「死ぬわけないと思っていたわ。[ヴァシーリイ:どうして?]まだ会ったばかりよ!」は、映画「カサブランカ」でハンフリー・ボガートの演じるリックの台詞「君と幸せだったパリの思い出があるさ」に勝るとも劣らぬほど「陳腐な」表現である。

この台詞のシーン

 

 ヨーロッパにおける戦争の帰結がこの戦いにかかっていたことを忘れてしまえば、この映画を楽しむことができる。当初ドイツ軍は数多くの戦車と急降下爆撃機を擁しているが、モーゼル・ライフル銃を取り扱う巨匠ケーニヒ大佐はヴァシーリイ・ザイツェフのような単純な人物ではない。彼は、列車の中で自分の隣にいた負傷したドイツ軍兵士を正視することができないために、ステレオタイプにカーテンを閉めている一方で、ザイツェフとケーニヒという二人の狙撃兵のために二重スパイを演じているサーシャという名のディッケンズ風のストリートチルドレン(Gabriel Marshall-Thomson)を見せしめのために殺すことができる人物でもある。この幼いサーシャはどうなっていくのだろうか?ケーニヒ少佐のような複雑な人物はどうなっていくのであろうか?

 これを知るには入場料が必要となる。歴史の教訓を期待してはいけない。しかし、眠っているソ連の農民兵で満杯の寒いブンカーの中で、どのようにしたら愛を交わすことができるのか知りたければ、この映画「スターリングラード」から知ることができるであろう。

多数のソ連兵が眠っている中でのザイツェフとターニャ

 

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