歴史的修正主義研究会
最終修正日:2003年10月12日
<質問010>
ビルケナウ収容所焼却棟Uの建設に関するドイツ側文書の中には、「ガス検知器(Gasprüfer)」を注文した文書がありますが、それは、焼却棟Uのなかに「殺人ガス室」が実在したことを示す文書資料的証拠ではないでしょうか?
<回答>
「ガス検知器」という単語が登場する文書は、2つあります。
第一の文書は、アウシュヴィッツ中央建設局のSS少尉ポロックが1943年2月26日18時20分に送った、エルフルトのトップフ・ウント・ゼーネ社あての電報です。SS少尉キルシュネク(建設部専門家で技術者)とイェーリング(民間人被雇用者、暖房専門家)の署名もついています。全文は以下のとおりです(プレサックの『アウシュヴィッツ:ガス室の技術と作動』433頁に掲載されています)。
協議されたように10個のガス検知器の即時の搬送。コスト見積りはのちに。
第二の文書は、トップフ・ウント・ゼーネ社の技師ザンダーとプリュファーの、アウシュヴィッツ中央建設局あての1943年3月2日の回答です。全文は以下のとおりです(プレサックの『アウシュヴィッツの焼却棟:大量殺戮装置』92−93頁に掲載されています)。
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エルフルト、1943年3月2日
焼却棟について
ガス検知器
われわれは、『協議されたように10個のガス検知器の即時の搬送。コスト見積りはのちに』というあなた方の電報を受け取ったことを確認します。
また、われわれは、すでに2週間、あなた方のお求めのシアン化水素の痕跡を示す器具(Anzeigegeräte für Blausäure-Reste)について5社にあたったことをお知らせします。3社からは否定的な解答を受け取り、残りの2社については回答を待っています。この件に関するさらなる情報を入手したときには、この器具を作っている会社と折衝することができるようにおはからいすることができるでしょう。
ハイル・ヒトラー
業務代理人
ザンダー
プリュファー
ホロコースト正史派のプレサック氏は、この2つに登場する「ガス検知器」とは、2番目の文書に登場する「シアン化水素の痕跡を示す器具」を指しており、そのことは、焼却棟Uのなかにシアン化水素を使用した「殺人ガス室」が存在した文書資料的証拠であると断定しているのです。
論点
@ まず、「ガス検知器」が「シアン化水素の痕跡を示す装置」を指しているという前提自体が間違っています。プレサック氏は、『技術と作動』432頁で、第一の文書について、「BW30(焼却棟U)に[ガス室の換気システムの有効性を検査するために]『10個のガス検知器』をすぐに配送してくれと要求している」と解説していますが、このうち[ガス室の換気システムの有効性を検査するために]という部分は、プレサック氏の憶測です。彼は、「4個の[偽]シャワー・ヘッド」というように、オリジナル資料のテキストの中に自分の憶測を[…]というかたちで紛れ込ませるというやり方を多用していますが、学問的にきわめて不誠実なやり方です。
A 「ガス検知器」とは、焼却棟に関するこの当時のドイツの技術文献では、焼却炉からの排気ガスの組成を検査する排気ガス分析器――ダイアル表示を持つ物理的・化学的センサー――を指していました。この「ガス検知器」は焼却棟の標準装備品であり、トップフ・ウント・ゼーネ社の暖房技術者イェーリングがそれを注文しているのも当然のことです。焼却棟UとVにはそれぞれ5つの焼却炉がありましたが(合計10)、「10個のガス検知器」という数も焼却炉の数に対応しているのでしょう。
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CO2
and/or CO+H2- ガス用のジーメンス社製検知器 |
B 一方、チクロンBを使った害虫駆除作業後には、安全性の確保のためにシアン化水素ガスの残余物を検出するテストが行なわれましたが、そこで使われたのは、さまざまな化学実験器具(溶液、試験管、吸い取り紙など)のキットであり、「チクロン用ガス残余検出器具(Gasrestnachweisgerät für Zyklon)と呼ばれていました。このことは、プレサック氏も『アウシュヴィッツの焼却棟』94頁で、「シアン化水素残余物の計測を行なったのは化学的処理によってであり、ガス検知器によってではなかった」と認めています。もっとも、彼は、「ガス検知器」が「シアン化水素残余物の計測」器であったことを自説の前提にしていますので、「ガス検知器は発注が遅すぎたので、間に合わなかったからである」という一文を付け加えていますが。
C では、なぜ、焼却棟の装備品として、1943年2月から3月にかけて、「シアン化水素の痕跡を示す器具」が注文されているのでしょうか。答えはごく簡単です。前年夏に流行したチフスの流行が再発する兆しがあり、収容所当局は、建物の害虫駆除、収容所の出入りの制限、隔離、焼却棟での病死体の焼却など、あらゆる措置を講じて、チフスの蔓延、したがって、チクロンBを使用した害虫駆除につとめていたからです。一例を挙げると、アウシュヴィッツ近くのカトヴィツェ警察署長は、チフスでの死者の処置について、1943年1月21日、カトヴィツェ行政府長官に次のように書いています。
「チフスで死んだ者は、シラミ駆除剤によって処置し、できるだけすぐに棺に納めなくてはならない。棺はすぐに閉じて、特別ホールに運ばなくてはならない。焼却のためには、死者は炉を備えたアウシュヴィッツに運ばれるであろう。」
チフスの蔓延という非常時には、チフスの死亡者(囚人および民間人)を安置する焼却棟UとVの死体安置室では、チクロンBを使用した害虫駆除処理が行なることになります。その処理作業には、安全確保のために「シアン化水素の痕跡を示す装置」が必要であり、ザウラーとプリュファーの回答はそのことを述べているにすぎません。
D ただし、この文書には不可解な点もあります。たとえば、Bで指摘しておきましたように、シアン化水素ガスの残余物を検出するテストで使われた化学実験器具は「シアン化水素の痕跡を示す器具(Anzeigegeräte für Blausäure-Reste)」ではなく、「チクロン用ガス残余検出器具(Gasrestnachweisgerät für Zyklon)」と呼ばれており、よく知られていた呼称でした。しかし、不思議なことに、ザウラーとプリュファーの回答に登場しているのは、「シアン化水素の痕跡を示す器具(Anzeigegeräte für Blausäure-Reste)」です。このために、もともとは「Anzeigegeräte für
Rauchgasanalyse(排気煙分析器具)という単語であった文書が、戦後に「殺人ガス室」の実在の証拠とするために、「Anzeigegeräte für
Blausäure-Reste(シアン化水素の痕跡を示す器具)」という単語に置き換えられたのではないかという捏造の可能性を指摘する研究者もいます。
結論
「ガス検知器」とは、焼却炉からの排気ガスの組成を検査する排気ガス分析器のことであり、焼却棟の標準装備でした。また、チフスの蔓延時には、チフスの死亡者(囚人と民間人)が焼却棟の死体安置室に収容され、そこではチクロンBを使った害虫駆除作業が死体やその衣服にほどこされましたので、燻蒸害虫駆除作業の標準装備品であったシアン化水素ガス残余物検出器具が、害虫駆除作業の対象となった焼却棟に備えつけられていたとしても、まったく普通のことです。
補足
わが国のホロコースト正史派のサイトも、次のように述べています。
Gasprueferとは、ここでいわれている「青酸残留物に対する検知器具」のことにほかなりません。マットーニョがどういおうとも、「焼却炉の排気ガス」から青酸が検出されるわけがありません。明らかに話題になっているのは、青酸ガスの検出器なのです。
ここで、「マットーニョがどういおうとも」とありますが、「マットーニョの『研究』はオンライン化されていないので参照できませんでした」と述べておられます。マットーニョ論文は、今日ではオンライン化されていますので、ぜひ参照されることをおすすめします。結論はどうであれ(おそらく気に入らないものでしょうが)、マットーニョ氏の研究は、オリジナル資料の検証、この当時のドイツの化学技術文献を渉猟して立論されていますし、プレサック氏の解釈を丹念に批判しています。上記の文章を見るかぎり、このサイトの責任者の方は、ただ、プレサック氏とペルト氏の共著論文『アウシュヴィッツの大量殺戮装置』だけに依拠して、他者を批判することに性急すぎるように思われます。私たちが共通して目指しているのは、他者の人格的な批判・中傷でもなく、その政治的志向性の批判でもなく、たんに「歴史的事実の復元」にすぎないのですから。