試訳:生化学者ヴェレールの戯言
――ガス処刑の犠牲者は毒ガスの大半を吸収してしまったのか?――
G. ルドルフ
歴史的修正主義研究会試訳
最終修正日:2007年4月09日
本試訳は当研究会が、研究目的で、Germar Rudolf, Fantasies of a Biochemist, Auschwitz Lies: Legends, Lies,
and Prejudices on the Holocaust, Germar Rudolf, Carlo Mattogno, Theses & Dissertations Press PO Box 257768,
Chicago, Illinois 60625を「生化学者ヴェレールの戯言」と題して試訳したものである(文中の赤字、マークは当研究会による)。 誤訳、意訳、脱落、主旨の取り違えなどもあると思われるので、かならず、原文を参照していただきたい。 online: http://www.vho.org/GB/Books/al/ [歴史的修正主義研究会による解題] フランスの正史派の代表者G. ヴェレールの非化学的論稿に対する修正主義者ルドルフの批判。論集『アウシュヴィッツの嘘』所収の論文。 |
<G. ヴェレールとフランス正史教団>
ジョルジュ・ヴェレール(George Wellers)は、フランスの国立科学研究センター(Centre
National de la Recherche Scientifique,
CNRS)の生理学・生化学教授であると同時に、パリの現代ユダヤ人文書センター(Centre de Documentation Juive Contemporaine, CDJC)歴史委員会議長でもあった。ヴェレールは、ホロコーストについての研究論文をいくつか上梓しており[1]、このために、彼は、フランスのホロコースト正史の代表者の一人と見なされてきた。
ホロコースト修正主義が1970年代末と1980年代初頭にはじめて国際的な注目を集めたとき、ホロコースト教団の祭司たちは、自分たちの手で「歴史の真実をまったく反駁の余地のないようにしっかりと書きとめて」おかなくてはならないと考えた。このために、ヴェレールも含む絶滅論者の綺羅星たちは[2]、1983年に、修正主義者たちを永久に黙らせることを意図して、全力で自分たちの見解を記した書物を上梓したのである[3]。
しかし、これらの紳士ならびに淑女の皆さんが、本書の序文(2頁)にあるように、自分たちは反駁しえない真実を知っており、それを永久にしっかりと書きとめておきたいとわざわざ意識的に言明していたとすれば、そのこと自体がまず学問(科学)の崩壊を声明していることに他ならないのではないだろうか?
本書の中で、ヴェレールは、アウシュヴィッツについての第7章と、民族社会主義者の収容所での「大量ガス処刑」のために使われたとされる二つの毒ガスについての短い論考を担当している[4]。このうち、二つの毒ガスについての短い論考は、本書が起ったと主張する犯罪に対して、唯一法医学的アプローチを行なった研究に近いものに見える。しかし、ヴェレールの論稿は二つの点で期待はずれである。第一に、彼は、自説を読者に納得させることのできる典拠資料として毒物学もしくは化学の専門書を一つもあげていないし[5]、第二に、他の寄稿者も同様であるが、本書が反駁の対象とした修正主義者の所説について一言も触れていない。ある研究を非科学的な研究と裁定する二つのおもな基準は、証拠の評価にあたって、自説を支持している文献だけを典拠資料としているかどうか、反駁の対象とする所説とその証拠を紹介しているかどうかである。
もしも、ヴェレールの記述内容が正確であるならば、こうした欠点を見過ごすこともできるかもしれない。しかし、彼の主張を検証してみると、彼の記述自体も正確ではないことが明らかとなる。
<一酸化炭素ガス処刑の戯言>
第一の毒ガス、すなわち一酸化炭素について、ヴェレールはこう述べている(pp. 281f.)
「『S-wagon』において、絶滅収容所の最初のガス室において、ひどく不具合に調整されたエンジンからの、一酸化炭素に富んだ排気ガスが使われた。」
ヴェレールは本書全体の詐術的スタイルに忠実で、今日認められている目撃証言[6]によると、トレブリンカとベウゼッツ収容所ではディーゼルエンジンが使われ、そこでは少なくとも150万人のユダヤ人が殺戮されたとなっているという事実に触れていない。しかし、ディーゼルエンジンの排気ガスは、たとえひどく不具合に調整されていたとしても、どのような情況にあっても「一酸化炭素に富ん」ではいない[7]。だから、ディーゼルエンジンを使った大量殺戮が企てられたなどと主張するのはまったく馬鹿げている。ヴェレールはこのことを知っていたからこそ、ディーゼルエンジンのことを隠そうとしたのである。さらに、彼は、ドイツ語の「S-Wagen(S-wagon)」の「S」が、彼がほのめかしているように「Sonder(特別な)」を意味しているのではなく、「Allradantrieb, A-Wagen(全輪駆動)」とは逆の「Standardantrieb(標準駆動、後輪駆動)車の短縮形にすぎないという事実にも触れていない[8]。
<毒ガス放出の戯言>
ヴェレールは283頁で、液体シアン化水素の沸点は25.7℃(78.3°F)なので、チクロンBは非常にすみやかに毒ガスを放出したと述べているが、これも少なからず、ミスリーディングである。
「この温度[体温=34°C; 93°F]はシアン化水素化合物にとっては、水にとっての132°C
[270°F]に等しい。言い換えると、シアン化水素化合物にとって、人間の皮膚の表面は、水にとっての132℃の熱さに等しい。」
しかし、問題は、「ガス処刑」に際して、液体状のシアン化水素化合物が犠牲者の皮膚の上に注がれるのではない点、それは多孔質の石膏の丸薬に含まれている点にある[9]。そして、この媒体からの放出は、室温であっても、1時間以上続くのである[10]。
ヴェレールの生化学的な主張には困惑するばかりである。例えば、彼は呼吸するチトクロム・オキシダーゼへのシアン化水素化合物の付着反応は「不可逆的」であると述べている(285頁)。「化学のハンドブックを手に取ればすぐにわかることである」(286頁)というのである。しかし、ヴェレールは自分自身でやってみれば、シアン化合物の毒素は可逆的なことを思い出すことであろう[11]。
さらに、化学のハンドブックにあたりなさいというヴェレールの忠告は、彼自身には期待されるような効果をおよぼしていない。彼は、アルサス地方のナチヴァイラー収容所長で、終戦時にはベルゲン・ベルゼン収容所長としてイギリス軍に逮捕・尋問されたヨーゼフ・クラマーの自白をどのように理解したらよいのか説明しようとしているからである。クラマーは、ナチヴァイラー収容所では、シアン化塩に水を注いで、シアン化水素ガスを放出させて囚人をガス処刑したと拷問を受けて自白している[12]――ヴェレールはやはり拷問の事実には触れていない――。化学的に考察すれば、水がシアン化塩から大量のシアン化水素ガスを放出することはありえないので、この証言はまったくナンセンスである。シアン化合物はひどく水に溶けやすく、ガスがひとたび水に溶けこめば、そこからガスが放出されることはほとんどない。
クラマー証言はそもそも拷問によって引き出されているがゆえに信憑性に欠けているのであるが、ヴェレールはこの信憑性を回復するために、化学のハンドブックを開いて、水をシアン化塩の混合物に注いでシアン化水素ガスを発生させる可能性を発見したと主張している。しかし、ヴェレールは、このような方法で作られたシアン化水素化合物はガス化するのではなく、大半が、水の中に溶け込んでいるままであるという事実をハンドブックからまったく読み取っていない[13]。クラマー証言にあるように、このような合成物を使って数分以内に1人の人間をガス処刑するには、膨大な量の合成物を使わなくてはならず、犠牲者はその中に沈み、ガス中毒で死ぬというよりも、水と塩の合成物によって中毒死することであろう。
<毒ガスは犠牲者の体内に吸収されてしまったという戯言>
ヴェレール説はすでに1983年に登場しているが、この説は、彼がロイヒター報告[14]を批判する[15]ときの論拠の一つなっているので、この一説をくわしく紹介しておく。彼は、シアン化水素中毒がかなりすみやかに(少なくとも、やはり彼も論じている一酸化炭素中毒よりも)進むという事実を念頭において、こう述べている。
「最後に、二つのケース(シアン化水素と一酸化炭素)ではともに、人間は呼吸のたびごとに体内に毒を取り込んでいくので、空気中の毒の濃度は低下していくことは明らかである。ただし、この濃度の低下は、とくにチクロンBの場合には重要ではないと思われる平均的にいえば、成人男性を殺すには70mgのシアン化水素化合物で十分だからである。まして、女子供場合にはもっと少なくてすむ。もしも、1人につき平均50mgの純粋シアン化水素化合物が必要である、1000人あたり50000mg、すなわち50gの純粋シアン化水素化合物が必要であり、それは空気中から消え去っていくと仮定すると、[ガス室]をすみやかに換気することができることになる。」
このヴェレール説は正しいのであろうか?
1988年、アメリカの処刑技術専門家フレッド・ロイヒターによる専門家報告が発表された。この報告を執筆するために、ロイヒターはガス室として使われていたとされるアウシュヴィッツの部屋からサンプルを採取した。これらのサンプルを分析した結果、この中には、十分な量のシアン化合物残余物が存在しないことが明らかとなった。これに対して、ヴェレールは、1989年に出版されたロイヒター報告批判の中でこう述べている[16]。
「それゆえ、1981年以来[17]私が『予見していた』こと、すなわち、犠牲者が死亡すると、アウシュヴィッツでガス室として使われた部屋の空気には、シアン化水素化合物のガスがまったく残らない、もしくは『ごく微量』しか残らないという主張が正しいのである。」
「どのような方法であっても致死量に処方された毒は犠牲者の体内に残るのである。気密室の中で、対流によって広まっていった致死量の毒ガスは、犠牲者の呼吸のたびごとに体内に侵入し、対外に毒の成分がまったく出て行かないかたちで化学的に体内に固着する。その結果、呼吸のたびごとに、犠牲者の体内には毒が蓄積されていき、その一方で、空気中の毒ガスの濃度は低下していく。」
「いずれにせよ、ロイヒターは、ガス処刑直後の死体の除去がまったく可能であること、フォーリソンの推測が妄想家の戯言にすぎないことを明らかにしたのである。」(234頁)
ヴェレール説を検討する前に、まず、彼の立論の仕方を論理的に反駁しておかなくてはならない。ヴェレールは、いわゆる殺人ガス室に毒ガスの化学的残余物が残っていないことは、毒ガスがそこで使われなかったことを立証しているのではなく、いかなる残余物もガス処刑によっては形成されえないことを立証しているにすぎないと論じている。他方、もし、大量のシアン化水素化合物の残余物がいわゆる殺人ガス室で発見されたとすると、人間の肺が完璧なエア・フィルターとして機能したというヴェレール説が論駁されるだけであり、殺人ガス室が実在したことは確証されてしまうことになる。殺人ガス室が実在したというヴェレールの基本的理論は、事実がどのようなものであっても、どのような状況のもとでも、揺るがない仕組みとなっている。しかし、事実の影響を受けない理論とはそもそも非科学的である。もしも、人間の肺が完璧なエア・フィルターとして機能したというヴェレール説が正しいとすると、ロイヒターの分析結果についての適切な判断は、その分析結果はガス室の実在を証明することも、実在しないことを証明することもできないということだけであろう。
さて、事実の問題に移ろう。ヴェレール説は、ガス中毒にかかった(ガス処刑された)犠牲者は、閉じ込められている部屋に存在する毒の量を減らしていき、最終的には、毒は犠牲者の体内にすべて納まってしまうと論じている。だから、殺人ガス室の壁には毒の痕跡を発見することができないというのである。もちろん、ヴェレール説の適用を人間の犠牲者だけにかぎる必要はまったくない。例えば、シラミは、呼吸によって毒を体内に取り込み、その毒を周囲の空気中に還流することはないということになるからである。だから、害虫駆除室の壁にも毒の痕跡を発見することができないことになる。しかし、実際には、ロイヒターも私も、害虫駆除室の壁のサンプルからは膨大な量の残余物を検出している。したがって、ヴェレール説がすでに論理的理由から正しくないことは明らかである[18]。
さて、ヴェレールの立論が間違った方向に向かってしまった理由を検討しておこう。彼の説には二つの前提がある。
(a) 空気中に放出された毒ガスの量は、まさに部屋に閉じ込められている犠牲者を殺すのに必要な量だけだった。
(b) 毒ガスは犠牲者だけに作用し、壁にはまったく作用しなかった。
(b)はちょっとしたユーモアである。シアン化水素化合物の分子一つ一つが、意図的に壁を避けて、犠牲者の方にだけ飛んでいって、その体内に吸い込まれていく意識と自由な意志を持っていなくてはならないからである。
(a)は、少なくとも理論的には可能であるが、実際的には可能ではない。犠牲者を殺すために最少の量の毒だけを正確に使用する殺人者などいない。そんなことをすれば、殺人の「成功」がおぼつかなくなるし、犯行時間が長くなってしまうからである。だから、大半の毒殺者は、すみやかで確実な「成功」を収めるために、多くの量の毒を使用する。
それゆえ、ヴェレール説はまったく現実的ではないし、彼と彼の仲間が引用するのを好む歴史学的「証拠」、すなわち、「ガス室」での「ガス処刑」についての「目撃証人」の「証言」ともマッチしていない。私は自分の報告の中で、この件を検証し、多くの証拠を使って自説を立証しているので、結果だけを要約しておく[19]。
まず、ヴェレール説は、毒の使用量について、目撃者の証言と矛盾している。目証言によると、最少必要量の35から170倍の量が使われている[20]。
さらに、最少の毒の量についてのヴェレール説は、目撃証言による処刑時間――即死から数分間――とも矛盾している[21]。ヴェレールは、シアン化水素化合物はすみやかに人間を殺すけれども、例えば神経ガスのように、瞬時に殺すわけではない点を考慮していない。シアン化水素化合物によるガス処刑の処刑時間についての唯一信頼できるデータは、致死濃度の10倍の濃度のガスを使った合衆国の処刑ガス室の資料である。それによると、犠牲者はこの濃度のガスにすぐにさらされるにもかかわらず、その苦悶は10分から15分、それ以上続く[22]。
イタリアの修正主義的歴史家マットーニョが指摘しているように[23]、ドイツの化学者フリッツ・ハーバー博士は中毒によって死亡するまでの時間とそれに必要な量との相関関係を明らかにしている。この「ハーバーの等式」によると、時間を10分の1に縮めたければ、量を10倍にしなくてはならないという。だから、合衆国の処刑ガス室での処刑時間よりも10倍も速く、すなわち、10−15分を1分から30秒にしたければ、10倍以上の量が必要となる。
したがって、数分という短時間で数千名の殺戮を成功させるには、合衆国のガス室における量よりもはるかに多くの量が必要となる(少なくとも、20−30倍以上)。犠牲者の呼吸の量を見積もれば、犠牲者が数分で死亡するのに十分な毒の量を吸い込ませるのに必要な空気中の毒の濃度の概数を算出することができる。この濃度も、緩慢に殺すのに必要な濃度の10倍ほどであろう。
チクロンBは空気にさらされてから最初の5−10分間にその毒の5−10%しか放出しない。したがって、5−10分間に高い必要量を、必要濃度を放出させるには、通常の10倍以上のチクロンBが必要となる。また、この毒を部屋全体にすみやかに拡散させ、放出源から一番遠いところに立っている犠牲者にもこの毒を行きわたらせなくてはならない。しかし、アウシュヴィッツの「ガス室」には拡散装置は付いていないので、この欠陥を補うには、さらに多くのチクロンBが必要となる。それゆえ、「ガス室」に投下されたチクロンBの量は、ヴェレールが推測している量の400倍とは言わないまでも、200倍ほどになる。したがって、目撃証言があげているチクロンBの量は、必要量よりもはるかに少ない。
さて、最後の問題、すなわち、犠牲者の肺は周囲の空気から毒ガスをほぼ完璧に取り除くことができるかという問題を検討しておこう。この問題でのヴェレール説も簡単に反駁しうる。目撃証人によるシナリオの前提自体が、多くの量が空気中に散布されるので犠牲者はすみやかに死亡するということになっているからである。犠牲者が、周囲の空気から毒ガスを取り除いたとすれば、放出源の近くにいる犠牲者がフィルターとなってしまって、遠くにいる犠牲者を守ってしまうことになる。しかし、すみやかな殺戮を成功させるには、毒ガスをガス室全体にすみやかに行きわたらせなくてはならない。高い濃度を維持するために、呼吸によって毒ガスが吸収されてしまうロスを補うには、さらにチクロンBが必要となる。つまり、実際には、最初、急速に高められた毒ガスの濃度は、最後の犠牲者がその毒ガスにさらされる時点になっても、その濃度を低下させることはない。そして、最後の犠牲者が死亡した時点であっても、チクロンBから放出された毒ガスは5−10%ほどにすぎず、依然として毒ガスは放出され続けるために、毒ガスの濃度は上昇し続ける、ひいては、犠牲者の呼吸が緩慢となったり停止したりするので、もっとはやく上昇し続けることになる。
犠牲者がシアン化水素化合物を完璧に吸収するには、少なくとも、チクロンBからの毒ガスの放出時間(2時間)を通じて、何名かの犠牲者が生き延びていなくてはならない。この場合には、放出源からもっとも遠い壁のところに立っている犠牲者を2時間ほど殺さないまま、生き延びさせるように、毒の量を調整しなくてはならない。しかし、たとえそのようなことができたとしても、これらの犠牲者たちは予想よりもはやく酸素不足で死亡してしまうであろう。ガス室は気密状態であり、人が詰め込まれていたといわれているからである。この場合には、毒ガスなどなくても、45−60分間で、人々は窒息死してしまうであろう[24]。それゆえ、ヴェレールのシナリオは目撃証言と矛盾しているだけではなく、そもそもナンセンスなのである。人々が「ガス室」の中でたんに窒息死したのならば、SSは貴重なチクロンBをなぜ浪費したのであろうか?
大量の毒ガスを使ったすみやかな処刑という目撃証言に戻ろう。この場合には、最低に致死濃度の100倍もの濃度の毒ガスが必要であるとしたのならば、犠牲者をすみやかにガス処刑したのちに、一体どのようにしてドアを開き、犠牲者の死体を除去しようというのであろうか。この点を、ヴェレール博士にお尋ねしたいものである。
さらに、ヴェレール博士は、無数のシアン化水素化合物分子が死体安置室の冷たい湿った壁に固着してしまうのを、一体どのような装置を使って防ごうとしているのであろうか?シアン化水素化合物は、温かい人の皮膚より冷たい湿った壁の方を何倍も好んでいるのだが。
ヴェレール博士が彼の論考の中で提起しているいくつかの化学的問題は、またもや彼の能力を疑わせるに足るものである。例えば、彼は、シアン化水素化合物をガス状に変えるためにその沸点以上に部屋を暖めなくてはならないというロイヒターの主張を正しいと考えている(234頁)。もちろん、これはナンセンスである。水も、温度が100℃以上になるまで、気化しないわけではないからである。
この小論で検討してきたヴェレールの論稿は、コーゴンたち論文集に掲載されている彼の論文と同じように、化学的・技術的知識にもとづく論理を欠き、また、化学的・技術的文献を典拠文献としてあげていない。シアン化水素化合物の毒性についてのMerck Companyの小冊子だけが例外である。それ以外には、彼は自分の研究を引用しているだけであり、その研究にあっても、非通俗的な学術文献を典拠資料としてまったくあげていない。
だから、ヴェレールがすでに1983年に明らかとなっていると述べていることは、まったく生化学の知識を欠いた無能力な生化学教授の希望的観測にすぎない。
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[1] E.g.: L’Etoile jaune a l’heure de Vichy/De Drancy a
Auschwitz, Fayard, 1973; “Die Zahl
der Opfer der ‘Endlosung’ und der Korherr-Bericht,” Aus Politik und Zeitgeschichte,
28(30) (1978) pp. 22-39; La Solution Finale et la Mythomanie
Neo-Nazie, Klarsfeld, Paris
1979; “Essai de determination du
nombre des morts au camp d’Auschwitz,” Le Monde juif,
October-December 1983, pp. 127-159; “A propos du nombre de morts au camp d’Auschwitz,” Le Monde juif, Oktober-Dezember 1990, pp. 187-195.
[2] Eugen
Kogon, Hermann Langbein, Adalbert Ruckerl, Yitzhak Arad, Wolfgang Benz, Fritz Bringmann,
Pierre-Serge Choumoff, Barbara Distel,
Willi Dresen, Krzysztof Dunin-Wasoswicz, Jean-Pierre Faye, Nobert
Frei, Jean Gavard, Gideon Hausner, Joke Kniesmeyer, Shmuel Krakowski, Hans Mar.alek, Falk Pingel, Anise Postel-Vinay, Adam Rutkowski, Shmuel Spektor, Coenraad Stuldreher, Germaine Tillion, Georges Wellers.
[3] E. Kogon, H. Langbein, A. Ruckerl et al. (ed.), Nationalsozialistische
Massentotungen durch Giftgas, S. Fischer Verlag,
Frankfurt 1983, この本の序文より。英語版の序文はこれよりも教条的ではない。「われわれの意図は、この時期に毒ガスによって行われた虐殺についての歴史の真実を正確にかつ反駁できない形で確証することである。」Nazi
Mass Murder, Yale University Press, New Haven 1993, p. 2. 以後、参照するのはリジナルのドイツ語版である。
[4] Ibid., German ed.,
pp. 194-239, 281-287; Engl. ed.: pp. 139-173, 205-209.
[5] ヴェレールが典拠文献としてあげているのはF.
Puntigam, H. Breymesser,
[6] どうしようもないほど馬鹿げた目撃証言が除外された後に。この点についてはCarlo
Mattogno, Jurgen Graf,
Treblinka. Extermination Camp or Transit Camp?, Theses & Dissertations
Press,
[7] Cf. F.P. Berg, “The
Diesel Gas Chambers: Myth Within A Myth,” Journal of Historical Review 5 (1),
1984, pp. 15-46 (www.vho.org/GB/Journals/JHR/5/1/Berg15-46.html);
updated: “The Diesel Gas Chambers: Ideal for Torture . Absurd for Murder,” in:
G. Rudolf (ed.), Dissecting the Holocaust, 2nd ed., Theses & Dissertations
Press, Chicago, IL, 2003, pp. 435469; (www.vho.org/GB/Books/dth)( 試訳:ディーゼル・ガス室―拷問には理想的な代物、殺人には馬鹿げた代物―(F.
P. ベルク)).
[8] この点についてはI. Weckert, “The Gas Vans: A Critical Assessment of the
Evidence,” in: G. Rudolf (ed.), ibid, pp. 215-241.(試訳:ガス車:証拠の批判的評価(I.
ヴェッカート))
[9] ヴェレールが触れているように(282頁)、珪藻土を媒体に使っていた製品は、1930年代末に、糊を含んだ石膏を媒体に使った製品にとって代わった(Ercco)。
[10] Cf. R. Irmscher, “Nochmals: ‘Die Einsatzfahigkeit der Blausaure bei tiefen
Temperaturen,’” Zeitschrift
fur hygienische Zoologie
und Schadlingsbekampfung, 34 (1942), pp. 35f. Cf.
also Wolfgang Lambrecht, “Zyklon
B . eine Erganzung,” VffG 1(1) (1997), pp. 2-5.
[11] シアン化合物は身体の硫黄と結びついて、毒性のないチオシアン化合物に変わり、そのまま排泄される。W.
Wirth, C. Gloxhuber, Toxikologie,
Georg Thieme Verlag, Stuttgart 1985, pp. 159f.; W. Forth, D. Henschler, W. Rummel, Allgemeine und spezielle Pharmakologie und Toxikologie, Wissenschaftsverlag, Mannheim 1987, pp. 751f.; S. Moeschlin, Klinik und Therapie der Vergiftung,
Georg Thieme Verlag, Stuttgart 1986, p. 300; H.-H. Wellhoner,
Allgemeine und systematische
Pharmakologie und Toxikologie,
Springer Verlag,
[12] Cf. Montgomery Belgion, Victor’s Justice, Regnery,
[13] 私自身の経験では、合衆国でのガス処刑に使われている半濃縮硫酸――クエン酸より10000倍も強い――においてさえ、Even
in half-concentrated sulfuric acid as used during U.S. executions, which is
10,000 times stronger than citric acid, some 50% of the hydrogen cyanide remain
dissolved in the aqueous acid solution, as my own experiments have shown.
[14] Fred A. Leuchter, An Engineering Report on the alleged Execution
Gas Chambers at Auschwitz, Birkenau and Majdanek, Poland, Samisdat
Publishers, Toronto 1988 (www.zundelsite.org/english/leuchter/report1/leuchter.toc.html).
[15] G. Wellers, “A propos du ‘rapport Leuchter’ les chambres a gaz d’Auschwitz,” Le Monde Juif, No. 134, April-Juni 1989,
pp. 45-53; I have quoted from the German verison: “Der Leuchter-Bericht uber die Gaskammern von
Auschwitz,” Dachauer Hefte,
7(7) (November 1991), pp. 230-241.
[16] Op. cit. , p. 231.
[17] With reference to
his first book Les chambres a gaz
ont existe, Gallimard,
[18] Cf. G. Rudolf, The
Rudolf Report, Theses & Dissertations Press,
[19] Ibid., pp. 208-216.
[20] Ibid., note 469, p.
211: 1人あたり70mgの致死量として、1000−2000人の犠牲者のガス処刑に5−12kg。
[21] Ibid., note 465,
pp. 208f.
[22] Ibid., pp. 11f.
[23] C. Mattogno, Olocausto: dilettanti allo sbaraglio, Edizioni di Ar,
[24] Ibid., pp. 211-216.